日本茶

  1. 日本の暮らし

現代では毎日・毎回の食事に日本茶を飲む、という習慣も少なくなって来ているようですが、それでも、緑茶を飲む文化を持つベトナム・中国に比較しても日本は緑茶を世界で一番飲用している国です。

日本茶の歴史

奈良・平安時代に遣唐使や留学僧によって中国からもたらされた茶

日本人が緑茶を飲むようになったのは、奈良・平安時代だったとされています。
当時の中国へ先進的な技術や政治制度や文化、仏教の経典等の収集を目的に渡った遣唐使や留学僧によって、もたらされたとされています。

廿二日、近江国滋賀韓崎に幸す。便ち崇福寺を過ぐ。大僧都永忠、護命法師等、衆僧を率い、門外に迎え奉る。皇帝輿を降り、堂に上り、仏を礼す。更に梵釈寺を過ぐ。輿を停めて詩を賦す。皇太弟および群臣、和し奉るもの衆し。大僧都永忠、手自ら茶を煎じて奉御す。御被を施さる。即ち船に御し湖に泛ぶ。国司、風俗歌舞を奏し、五位巳上ならびに掾以下に衣被を賜う。史生以下郡司以上、綿を賜うこと差あり。

日本後紀

平安時代初頭の弘仁6年(815)4月22日、嵯峨天皇が近江国(現在の滋賀県)を訪問し折、梵釈寺の僧侶である永忠が、茶を煎じて奉ったと記されており、これが確認できる日本最初の喫茶の記録となっています。
この時の茶は緊圧茶の一種、餅茶であったとされ、飲用できたのも僧侶や貴族階級のごく一部の人々だけでした。

禅宗によって喫茶が広まり、武士階級へも習慣化

鎌倉時代になると、南インド僧・達磨によって開かれた禅を中国から日本に持ち帰り、京都に建仁寺を建立した臨済宗の開祖、栄西が中国から茶の種を持ち帰り、日本初の茶の専門書「喫茶養生記」を記し、喫茶法を普及させます。
鎌倉末期から南北朝にかけて寺院を中心に茶樹が京都から、伊勢・伊賀・駿河・武蔵でも栽培されるようになります。
禅宗とともに喫茶が広がったことで、次第に社交の道具として武士階級にも喫茶の習慣が普及していき、南北朝時代には、茶の点て方や、茶を飲んで香りや味から産地を推測し勝敗を楽しむ「闘茶」が行われました。
現代においても、茶の産地を鑑定する「茶歌舞伎」が行われています。
この時は日本茶は、健康目的で飲まれることが多く、嗜好品として飲むことは少なかったとされています。
室町時代や安土桃山時代には、足利義満、豊臣秀吉らが宇治茶を庇護し、武家の間での嗜好品として茶が普及していき、村田珠光、武野紹鴎、千利休らにより茶の湯が生じ、完成されていきます。

煎茶と玉露の工法が生み出された江戸時代

江戸時代に入ると、お茶は一般庶民の飲み物としても浸透し、煎茶の祖とよばれ、宇治製法を生み出した宇治田原郷の永谷宗円が、優良な煎茶の製法を編み出しました。
この製法は18世紀後半以降、日本茶の主流となります。
山本嘉兵衛によって、碾茶に用いられていた覆下栽培を煎茶に応用する試みが行われ、玉露の製法が生み出されたのだそうです。

アメリカへの主力輸出品として茶業が発展

近世になると流通機構がより発達し、江戸幕府はアメリカと日米修好通商条約締結後、長崎・横浜・函館の開港を機に、生糸とならぶ重要な輸出品として輸出しました。

明治維新後も、茶の輸出量は政府の援助によりアメリカを中心に増加し、輸出総額の15-20%を占めていました。
明治初期には、集団茶園が形成されますが、茶園開拓をした士族たちは次第に離散し、かわりに農民が茶園を継承していきます。
集団茶園の形成は、茶業を中心とした関連産業の成立に影響を与え、機械化も急速に進み、省力化と共に品質の安定化が進みました。

日本茶が日本人の生活に根付いたのは大正末期から昭和初期

明治中期まで、花形輸出品として発展してきた日本茶ですが、インド、セイロン紅茶の台頭で、輸出量は次第に減少。
代わりに国内の消費が増え、お茶は国内向け嗜好飲料に変わり、お茶が日本人の生活に根付いたのは、大正末期から昭和初期と言われます。

中国からもたらされ、独自の発展を遂げた日本茶

日本茶の原料の茶葉は、製造方法の違いで、紅茶・烏龍茶などになります。
漢方的に日本茶(緑茶)の効能を見ると、体から熱と毒を排出する働きがあります。
一方で海外で主に発展した紅茶・烏龍茶は体を温めます。
日本の夏は高温多湿になる環境です。
環境に合わせて独自の発展を遂げ、味も効能も、正に日本に適切な飲料と言えるのではないでしょうか。

※ 緑茶を煎って作るほうじ茶は、体を温めてくれます。
季節や体調に合わせて、選択してみてください。

【出典リスト】
Wikipedia「遣唐使」:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A3%E5%94%90%E4%BD%BF

Wikipedia「闘茶」:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%97%98%E8%8C%B6

お茶街道 「お茶の歴史 お茶の書物と記録2」:http://www.ochakaido.com/rekisi/chareki/syo-2.htm

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