『民藝の歴史』に学ぶ ②

  1. 人の幸せ

1926(大正15)年、柳宗悦 氏・河井寛次郎 氏・浜田庄司 氏が中心となり、提唱された「民藝運動」。

現在では、『民藝』という言葉は広く知られていますが、柳宗悦 氏・河井寛次郎 氏・浜田庄司 氏が創造した言葉です。

『民藝』という言葉は、民衆的工芸・民間的工芸という意味を込めて作られた造語で、一般の人々の暮らしに深く交わる、自然な美しさを持つ日常生活で利用される生活必需品を指します。

「自然な美しさ」とは、何か

民藝に置いて、美しさとは、実用的な機能美『用の美』と表現されました。
その道具がなすべき用を追求することで、自然とその形が作られていく、その形は美しくなる…用が美を作る、ということを表しています。

『用の美』を追求するためには、その道具や品を作って、利用して、機能の確認と改良を重ねる必要があります。

時間をかけた試行錯誤で改良を重ね、行き着いた姿が『用の美』を体現することになります。

使うと実感する伝統的な道具の『用の美』

最近、林業や昔ながらの農業の道具に触れる機会を多くいただき、その作りには驚くことがたくさんあります。

この昔の道具は、どうしてこのような形をしているだろうか…使う前にはそのように考えたとしても、使ってみるとシンプルな形なのに、絶妙な塩梅で機能します。

先人たちが、どうしたらもっと目的を達成するために、便利になるのかを工夫し、改良し、辿り着いた形なのでしょう。

昔は現在と違って、人間自身の力で木を切ったり、運んだり、加工する必要がありました。

そのための道具は、人間の力でも加工が可能になるよう、なるべく労力を削ることができるよう、少しでも楽に、綺麗に(林業の道具なら木に余計な傷をつけない、木材として品質良く加工できるなど)仕事ができるよう、工夫して作られたのでしょう。

驚くほど、使いやすく、考え抜かれた作りをしており、かつ無駄のないシンプルな姿をしています。

一朝一夕には、辿りつくことのできない『用の美』。

『用の美』は、私たちの暮らしに寄り添い、ささやかでも確かな充実をもたらしてくれるものなのでしょう。


和眞嘉傳では、常陸太田 工芸品 おかめ笹のえびら編みを生産しています。

近隣に自生する「おかめ笹」を利用して編み上げた伝統的な手法で作った竹籠です。 昔から、梅干し作りや洗濯籠など、利用されてきました。

冬の時期、採ったばかりのおかめ笹で柔らかいうちに編み上げます。

素材のおかめ笹は、笹といっても竹の一種で、日本では最も小型の竹です。
最初は青々とした竹の色ですが、時間を経ると茶色く色が変化します。

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